定期レポート2009年8月?

ソフィア・アイ :マニフェストと目標管理

 

1.マニフェストとは?

総選挙が近づいています。
そこで、あまり積極的な関心はないのですが、自民党と民主党の「マニフェスト」なるものに目を通してみました。WEB上から簡単にダウンロードできます。
  ※今回総選挙に限っては、自民党はマニフェストという言い方は使っておらず、「約束」、「政策    バンク」等といったより砕けた表現を工夫しているようです。
政策の中身はともかくとして、一見して民主党の方が圧倒的に分かり易い構成になっています。まず、政策の柱を大きな5項目で掲げ、次にその実行の「工程表」を一表の表組みで明示し、その後には重要政策毎に各1ページのプレゼン資料仕様の説明ペーパーを組み込んでいます。中身はともかくとして、表現上の分かり易さはプロ級です。
これに対して自民党のものは、これも政策の中身は別にして、項目毎に冗長な文章による説明が延々と続きます。恐らくこれを粘り強く読んでくれる有権者は皆無でしょう。加えて、それならそれなりに冒頭に目次でも掲載しておけばよいのですが、ダウンロード版の『自民党政策BANK』はいきなりP.19から始まっていて目次は見当たりません。

ところで、この「マニフェスト」とは一体何であり、従来の政権公約と何が違うのでしょうか。
そもそも、この用語が普及しはじめたのは2003年の総選挙頃からでした。公職選挙法の改正によって選挙期間中の不特定多数への「文書頒布」が認められるようになりました。加えて、北川正恭三重県知事(※当時)らの地方分権論者が、しきりにマニフェストの重要性を強調する論陣を張り世論を喚起しました。
そうした「論客」達の論調を集約すると、マニフェストと従来型政権公約の違いは、次の3つのポイントに集約できるようです。
? 個々の政策について、その目的、実施方法、期限等の指標を明確にする。
? 政策実現の裏づけとなる財源措置を明示する。
? ??により、事後的に検証可能な政策にする

 

2.目標管理との類似性

さて、このように改めてマニフェストの要件を明示してみると、何かに似てはいないでしょうか? 
そう、多くの企業で行われている目標管理(MBO)とそっくりです。
目標管理の基本的な原理は、抽象的なレベルで規定された社員の役割やミッションを、期間を区切り客観的な目標に置き換えることで、マネジメント上の効果を生み出そうという点にあります。元祖提唱者であるP・Fドラッカー博士は、この点を次のように述べています。


……上は社長から下は現場の職長や事務係主任にいたるまで、経営担当者はそれぞれのはっきり定義された目標を持つことが必要である。各人の受け持つ経営単位がどのような成果を生み出さねばならないかを明らかにするのは、これらの目標である。他の経営単位が彼らの目標を達成するよう助けるために、自己ならびに自己の率いる単位がどのような貢献をなすべきかを明らかにするのも、また、自己および自己の単位が、他の単位からいかなる貢献を期待しうるかを明らかにするのもこれらの目標である。言い換えれば、最初の出発点から、チームワークおよびチーム成果に重点がおかれなければならない。
                                     ※P・Fドラッカー著『現代の経営』から


ここで言われているのは、目標によって各人の役割を成果責任として明確化すること。そして、そのメリットは、組織内での役割分担の共有にとどまらず、チームワークやチーム業績にも及ぶということです。
こうしたドラッカーの戦略は非常にインパクトが大きいものだったので、以後企業マネジメントの中で急速に普及していきました。わが国でも70年代のQC運動等の中では、すでにこうした指向はマネジメントに組み入れられていたといえるでしょう。さらには、90年代に成果主義人事が普及する過程では、実際に給与・報酬の変動を評価する根拠として、業績評価としての目標管理が多くの企業に導入されて今日に至っています。
ドラッカーは同じ著作の中で、目標管理について次のようにも語っています。


…目標設定による経営の最大の利点は、経営担当者がそれぞれ自分の行為を自ら統制することが可能になることであろう。自己統制は、より強い動機づけをもたらす。つまり、適当にしておこうという考えを捨て、最善をつくそうという熱望を起こさせるのである。・・・
                                     ※P・Fドラッカー著『現代の経営』から

3.目標管理の隘路

では、その後のわが国企業での目標管理の実践成果は、ドラッカー博士の仮説どおりになっているでしょうか。残念ながら、そうとはいえない状況が多くの企業で生じています。少なくとも、目標管理によって「強い動機付け」が生まれたという報告は、寡聞にして聞きません。
その大きな理由は、目標管理による業績評価が報酬査定にリンクされ、その趣旨に歪みが生じた点にあるでしょう。ただ、これだけうまくいかない原因は、やはり目標管理の仕組みそのものにもあると考えるべきです。
多くの現場を検証すると、次のような事情が大きいと思われます。
  ?成果責任への不慣れ
      おそらくは日本企業特有のビジネス・組織環境のせいもあって、社員は自らの責任をいわゆ   る「成果≒目標」という観点から捉える習慣を持っていない。また、そのように教育されてもい   ない。そのため、目標を自立的に構想し設定するよう仕向けても、遅々としてうまく進まない。
  ?目標設定期間の長さ
   年間経営計画や報酬査定にリンクさせるという事情もあって、一般に目標管理は1年または半   年というサイクルで運用される。しかし、半年以上という期間は、ほとんどの社員の職務にお   いては長すぎ、構想される目標が抽象的で現実性の薄いものになってしまう。そうすると、結   局目標が動機付けとして機能せず、行動が変わらないため教育的効果も発揮できない形骸   化した仕組みになってしまう。
以上のような目標管理の弱点を回避するのは比較的簡単で、まず行動計画をもっと短いスパンで設定してすぐに行うように仕向けます。それと合わせて、短い現実的な見通しの中で、自分自身の学習・成長課題を明確化するような何らかの緊密なサポート策を実施します。そうすると、社員は昨日までと違う職務行動をすぐに実施するようになり、そのことがさらに学習効果を生み出して次のアクションにつながるという好循環が生まれてくるのです。
以上を整理すると、マニフェストとは企業で長年実践されていきた目標管理の焼き直しであり、うまくいかないことが実証済みの仕組みなので、それ自体が議会や政府の機能を高めることにならないことは非常にはっきりしています。
まして、国家レベルの政策は半年1年にとどまらず、5年10年の先を見据えて構想されるべきものです。そこに目標管理の客観基準手法を持ち込むのは、どう考えても無理があるといえるでしょう。

4.国策の客観基準化のワナ

ところで、最後の検討ポイントになりますが、そもそも国会議員の選挙において、予め政党レベルの政策公約を客観基準でコテコテに明確化して、何になるというのでしょうか?
たしかに、単に「児童手当の新設」と言うだけでなく、「平成23年度までに年額30万円の子供手当を全面支給」というと、いかにも国民に対して誠実な姿勢のようにも思われます。
ですが、国家の政策が、そのような安直なものでよいのでしょうか?
例えば、外交・防衛政策なら、どうでしょうか。
民主党のマニフェストは、こうしたより高度で重要な政策になると、途端に表現が抽象的になってしまいます。
例えば、長年の懸案である拉致問題については、文書の最後の方に、申し訳程度に次のような一文が書かれてあるだけです。
 「拉致問題はわが国に対する主権侵害かつ重大な人権侵害であり、国の責任において解決に全  力を尽くす。」
当時の小泉首相が自ら北朝鮮に交渉に赴き、再三にわたる経済制裁の発動によっても未だに解決しない問題を、民主党はどう前進させていこうとするのか、さっぱり分かりません。
例えば、マニフェスト風に、次のようにでも表現してくれれば分かり易いのですが…。
 「拉致問題の全面解決に向けて、北朝鮮への圧力を強めるため、北朝鮮のミサイル基地への直 接攻撃が可能な空母機動部隊を平成22年までに5兆円掛けて創設する。その財源は消費税の 5ポイント引き上げによって手当する」
まず民主党には無理でしょう。
その「無理」の意味は、「民主党が外交政策で弱腰、かつ党内が一枚岩でないから」ということに加えて、国家の基本政策が、このように安直な客観基準で表現されるべき性質のものではないという本質的事情によります。
何のために、政党の比例代表だけでなく、選挙区で国会議員を一人ひとり選ぶのでしょうか? 
それは単に「人物を選ぶ」ということ以上に、当選した国会議員はその所属政党に関わらず国会の議席を構成し、その中で真剣な政策論議を通じて国家の指針を立案していくに相応しい資質を備えているかどうかを、国民自らが見極める必要があるからではないのでしょうか。
そう、国策とは、マニフェストによって予め客観的に約束されるものではなく、国家の基本戦略(※政党の政策を含む)に基づいて、めまぐるしく移り変わる国際情勢等を周到に見極めながら国会(立法)と政府(行政)との牽制関係の中で、その都度ぎりぎりの決断を下すものだからです。

「政権交代」だけが安直に取りざたされ、マニフェスト選挙によって、目先の利益がニンジンのように鼻先にぶら下げられる風潮の中にこそ、今日の国家的危機を見て取る必要がありそうです。



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