定期レポート2008年3月

ソフィア・アイ :新銀行東京とコーポレート・ガバナンス

新銀行東京の経営危機を巡ってゴタゴタが続いています。
東京都知事の肝煎りで設立された銀行が300億円近くの融資を焦げ付かせ、なおかつ1000億円を越える累積損失を抱えることとなった今回の事件は、数年前の「ホリエモン・村上事件」以来久しく忘れていた、“コーポレート・ガバナンス”の重要性を思い起こさせてくれます。

なぜこの銀行の経営は、このような究極的な危機に陥るまで特段問題になることもなく放置されていたのでしょうか?
3月15日付の日経新聞朝刊に掲載されたインタビューで、津島代表は、設立当時からの役員である自らと銀行設立の提唱者である石原東京都知事の経営責任を平然と否定しています。この事実だけ見ても、このような人達に会社経営等できるはずがないことは一目瞭然です。

意外にも新銀行東京は、代表者を「代表執行役」と称していることからも分かるように、欧米型の先進的経営体制といわれる委員会等設置会社としての経営組織を有しているのです。
数年前の商法改正によって新たに認められたこの体制を取る企業は、わが国ではまだ大手を中心に100社程度に過ぎません。
その組織体制は、取締役会の配下に社外取締役主導による3つの経営委員会(指名委員会、報酬委員会、監視委員会)を擁し、戦略的意思決定と経営監督を株主価値に立脚して厳しく推進していくはずのものです。現在でも、新銀行東京には、元副知事の大塚俊郎氏をはじめ4名の社外取締役が存在します。
直接の業務執行(=要するに経営)を担う経営執行部は、この取締役会の厳格な監視・監督の下に置かれる形です。
退任した元代表執行役の責任ばかりを東京都は強調しますが、4年もの間、取締役達は一体何をやっていたのでしょうか?

純然たる民間企業であれば、このように役員層の怠慢がある場合は、出資者≒所有者である株主の監視が機能するものです。初年度から数10億単位の焦げ付き融資を発生させていた銀行経営者達は、普通なら1度目の株主総会で解任されていたことでしょう。
ところが、東京都が84%の株式を保有する「官製企業」であるこの銀行には、こうした株主の監視も全く働かないのです。
経営監督のみならず業務執行も含めて、第3者の“眼”を常に意識しながら厳しく自らを律していく。これが、いわばコーポレート・ガバナンスの真髄でしょう。
その第3者の“眼”が失われるとき企業がどうなるか、そのことを痛感させてくれるのが、今回の新銀行東京事件と言えそうです。

民法テレビ局が実施していた融資先中小企業への調査では、その半分以上が銀行の存続を望んでいないようです。
それもそのはず。新銀行東京は、無担保・保証人なしでどんどん野放図な融資をする反面、その融資利率は大半が10%を超える法外な水準と言われています。
この低金利下で、そのような金利負担に耐えられる中小企業が一体どれほどあるでしょうか。
経営体制の根本に決定的な欠陥を有し、なおかつ利用者からもその存続を望まれていない企業は、私達の税金負担ができるだけ少なくて済むうちに、早々に市場から退場してもらいたいものです。

 

読書ノート2 : 瀬古利彦著 『マラソンの真髄』(ベースボール・マガジン社刊)

有名人も多く出場した華やかな東京マラソンの記憶が新しいところですが、近年マラソンを志す人が増えているようです。
冬場のこの時期は、新年の箱根駅伝にはじまり、毎週のようにテレビでマラソンや駅伝大会の中継があります。2時間強の間、単に選手が走っている姿を見るだけなのですが、これが一度見始めるとレースに引き込まれてしまい、途中で見るのを止めることは不思議とほとんどありません。
長距離走、とりわけマラソンが私達を惹きつけて止まない理由は何なのでしょうか?
その答を鮮明に与えてくれるのが、瀬古利彦氏の手になる本書『マラソンの真髄』です。

結論を先取りしておけば、マラソンに私達が惹かれる理由、それはマラソンが人生のメタファー(※しかも、限りなく人生そのものに近い隠喩)だからです。
マラソンは、持続・継続をコンセプトとするほぼ唯一のスポーツです。たしかに、ほとんどのスポーツは長いトレーニングプロセスの継続なくしては成り立たないのですが、マラソンの場合は試合を行うための最低限の練習期間が極めて長い(※最低6ヶ月以上)のに加えて、試合そのものが“持続・継続力”の競い合いです。
※ もっとも、最近は「100キロウルトラマラソン」の競技会が国内だけでも年間10試合以上行われているようです。また、ギリシャのスパルタクロンやモロッコのサハラマラソンのように200キロを超える距離で持久力を競い合う凄まじいレースも登場しています。これらを含めて、素人目には“マラソン”ということで差し支えないでしょう。
短時間に一気に力を出し切ってしまったり得点を競い合うのではなく、容易に想像できない未来のゴールに向けて、ある意味単調な現実(※つまり、単に走ること)を繰り返さなければならない競技。それは、止めることができない、そして止めなくてもよいように自らをコントロールしなければならない意味で、限りなく人生に近いものです。
瀬古氏も本書の中で、他の陸上競技と違ってマラソンは「素養2割、練習8割」だと強調しています。要するに、人生と同様、予めどのような素養レベルであっても、誰もが(※例え運動経験のないメタボ中高年でも)練習(※つまり努力)によって道を切り開いていける競技でもあるのです。
最近はマラソン中継の解説者としてもよく登場する瀬古氏が、数年前の箱根駅伝で言っていた内容は印象的でした。氏は、花形ランナーに抜かれていく遅い選手の様子を解説して次のように言ったのです。
「これでいいんです。無理をしては何もなりません。それぞれが自分の役割を果たせばそれでいいんです。」
そこには、練習で到達していないレベルの実力をいきなりレースで発揮することはできない。逆に言えば、厳しく練習を積んだ度合いに応じてレースの成果も高まるという、氏の哲学が表れていたのでした。
本書に書かれた瀬古氏のマラソン人生は、近年のビジネスにおいて、ともすると私達が陥りがちな近視眼的な視点、短期業績指向の性急なマインドに対して、今一度足元を見直すための大きな示唆を与えてくれます。

 

「瀬古選手」と言えば、恐らく30歳代以上の人には、今もマラソン選手の代表格としての印象が強く残っているはずです。
生涯でマラソンを15戦して10勝。そのレース振りは、今でも鮮明に思い出すことができます。トップグループが最後トラックに帰ってくると、その中で「マラソン職人」とでも言うべきとりわけ安定感のある力強い走りを見せる瀬古選手の優勝を私達は確信したものでした。そして、躍動感に溢れる高速のラストスパートがいつ始まるかと固唾を呑んで見守っていたのです。マラソン大国日本は日々優秀な選手を生み出しているとはいえ、あのような強力な選手の登場には、その後巡り会えてはいません。そう、私達の記憶の中では、マラソンのヒーローは未だに瀬古選手なのです。

 

本書は一般向けに書かれたものですが、その内容は、瀬古氏の専門的なマラソンノウハウを始めて開示するものです。決してマラソン入門書ではありません。
とはいえ、トップランナーのマラソンへの取組み姿勢やトレーニングプロセスの追体験を通じて、その多様な教訓を共有できるようになっています。

 

まずは、少年期からの陸上選手としての瀬古氏の歩みを辿りながら、その成長プロセスの特徴が描かれます。
もともと素質に恵まれていた瀬古氏は、中高時代にすでに中距離選手として頭角を現し、インターハイや国体での優勝も経験します。ところが、決して練習量は多くなく、他校の選手と一緒に合宿したりすると、「瀬古君って、あんまり練習しないよね」と言われたエピソードが紹介されています。練習量が少なかった彼は、大学を1年浪人するうちに、何と体重が10キロ増えたこともあったそうです。

次のポイントはマラソンとの出会い。
そのきっかけは、生涯の恩師である中村監督との出会いです。
ノウハウ開示本である本書では、意外にも中村監督のエピソードが登場するのはこの一ヶ所だけです。
瀬古氏が早稲田大学の陸上部に新入生として入部したとき、ちょうど中村監督も新しく就任してきます。
その最初の訓示の際、中村監督は次のようなことを言ったとそうです。
「心の中に、火のように燃え尽きない情熱をもって練習をしなければ、強くはなれない。泣く泣くやる練習はやっただけだ」
ここまでは、ちょっと根性論にかぶれた監督なら言いそうなことです。
驚きは次の言葉、というより行為です。
その後、監督は辺りに生えていた草をむしって続けます。
「これを食ったら世界一になれると言われたら、私はこれを食える。練習も同じで、何でも素直にハイと返事をしてやれなくては、強くなれないんだ」
と言いながら、その草を根についた土ごとじゃりじゃり言わせて食べてしまったといいます。
伝説の中村監督とは、まさにそのような人なのでした。
そして、その直後に監督から「瀬古、マラソンをやれ。君なら世界一になれる」と言われた瀬古氏は、すぐに素直に「ハイ」と返事をしてしまったそうです。
瀬古氏もまた、そのような選手だったのです。

 

そうして、大学1年の冬には、すでに初めてのフルマラソンを走ることになります。
レースは「京都マラソン」。
多くのマラソンランナーがそうであるように、30キロくらいまでは「マラソンってこの程度のものか」と思ったと言います。ところが、30キロくらいからご多聞に漏れず徐々に体が重くなって足が動かなくなり、やがて35キロくらいからは意識も朦朧とし始めます。既に給水に手を伸ばす元気もなくなり、脱水症状の這う這うの体でゴールにたどり着いた記録は、2時間26分だったそうです。

 

意外にも、マラソンのトレーニングプロセスが確立したのはまだ最近のことだそうです。
ですから、もちろん瀬古氏の時代は、練習方法もレース前の食事内容等も暗中模索。驚くべきことに、鬼の中村監督も、本格的にマラソンランナーを育てるのは瀬古選手が初めてなのでした。
要するに、瀬古氏は、あれだけの華々しい実績を打ち立てながら並行してトレーニングプロセスそのものも独自に開発していたのです。
最終的に、それはレース前6ヶ月間のトレーニング期間として確立します。さらに、6ヶ月間は前期と後期に分かれていて、前期は基礎作り期間、後期は試合に向けて実践・応用トレーニング期間とされています。
忘れることができないのは、1984年のロス五輪。日本国中の期待を一身に集めた瀬古選手は、信じられないことに30キロ過ぎでみるみるペースダウンし、14位に沈んでしまいます。最強ランナーとしてしかも全盛期にあった瀬古選手になぜあのようなことが起きたのか、実は長年の疑問でした。
本書によれば、この「失敗」は、準備トレーニングの方法、とりわけ上の6ヶ月間の「期分け」の考え方が未だ確立していないことが招いた悲劇だったのだそうです。
つまり、マラソンとは、6ヶ月の準備期間を含めた競技なのです。

 

やがて確立されるトレーニングプロセスの詳細については、本書に譲りたいと思います。もっとも分量が割かれて記述されるトレーニング内容は、とくかく凡人の想像を超えた凄まじいの一語に尽きるものです。
瀬古氏が開示するトレーニング思想から素人の私達が学ぶべき教訓は、大きく次の2点に集約できます。
? マラソンの実力とは、トップアスリートとしての持続性、再現性、「本番で“はずさない”力量」、常勝の実績において測られるべきものであるという点
? マラソントレーニングにおいて一貫して重要なことは、自分の体調、調子、練習の到達度といった、自分自身との対話能力(※即ちセルフマネジメント能力)である点
瀬古氏のマラソン人生は、要するにレースで常に勝ち続けること、そのためにはどうすればよいかということを追求し続けたプロセスでした。また、勝利に向けて常に自分自身を深く見つめて知り尽くし、現在の自分にとっての最善の手段を見つけていくことに徹したのでした。
そうした継続・持続を根底で支えたのが、中村監督の教えである「燃えるような情熱」であり、瀬古氏は自分自身にとっての「情熱の炎」を最後までマラソンの中に灯し続けることに成功しました。
なぜそれができたのか?
現役を終えた氏は、振り返ってその理由を見つめ返すと、自分を支えてくれた多くの人々への感謝の念に至りつくと言っています。

 

□■実際にマラソンをはじめるための参考書籍■□

■小出義雄著『ジョギング&マラソン入門』(※幻冬舎刊)
  言わずと知れた女子マラソンの五輪金メダリスト・高橋尚子の師匠・小出監督の手になるマラソンの入門書。
  マラソン経験のない者が改めて気付かされるのは、まったく当然のことではあるのですが、その他多くの走る競技とマラソンが全く別の競技であるということです。
  凡人の想像を絶するマラソンの距離は、「苦しくとも気力で頑張って走りぬく」というような代物ではありません。途中で苦しくなってはいけないのです。
  たしかに、マラソンのテレビ中継を見ていても、トップでゴールする選手は大抵の場合笑顔で満足感に溢れた表情をしています。最高のパフォーマンスを挙げる者が一番苦しくない競技、それがマラソンなのです。マラソンが人生のメタファなら、来るべき人生のゴールも笑顔で迎えたいと思わせます。
  本書は、そうしたマラソンへの導入を含めて、好々爺で知られる小出監督ならではの語り口にエスコートされて、順を追って読んでいける構成になっています。
  あたかも、小出監督に傍でコーチを受けているかのように。

 

■金哲彦著『3時間台で完走するマラソン』(※光文社新書)
金氏は、学生時代には箱根マラソンで鳴らし、実業団での監督経験もある文字通りの専門家。本書は、多くのマラソン書籍に書かれてあるトレーニング方法が、「なぜそうなのか?」という理論的裏づけを含めて分かり易く整理されたマラソン入門書です。
とはいえ、理論的とはいっても一般的な新書ほど難しくもなく、あくまでマラソンを走るための実践面にポイントを置いてまとめられています。
しかも、「3時間台で…」というコンセプトが、「ひょっとしたら自分にも」と思わせ、中高年にもうれしいところ。
これが仮に、「2時間台で…」だったら、一気に読者数は減ってしまったことでしょう。
実際には、「3時間台」でマラソンを走ることは、途轍もない苦難の道のりなのですが……。

 

■梅方久仁子著『40歳からのフルマラソン完走』(※技術評論社刊)
著者の梅方氏は、自身も40歳からマラソンを始めた普通の女性ランナー。
本書は、そうした著者自身の経験をベースに、中高年からのマラソン入門書として、モチベーションを維持しランニングを継続するということに特に配慮してまとめられています。
たとえば、実際のレースマネジメント等も、あくまで素人の視線からきめ細かいアドバイスがあり参考になります。




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